会いたいと思ったら、会わなければいけない。『日日是好日―「お茶」が教えてくれた15のしあわせ―』
お茶のシーンが印象的に描かれている映画や書籍はたくさんあります。Teapot Mag.では、公式ライターが気になった、お茶のシーンが登場する映画や書籍を随時紹介! 2回目となる今回は、この秋に映画が公開される森下典子さんの『日日是好日―「お茶」が教えてくれた15のしあわせ―』を紹介します!
日日是好日―「お茶」が教えてくれた15のしあわせ―
text by ライター 江角悠子
京都でガイドブックのライターをしていると、いろいろなところでお茶の文化と出会う。歴史あるお寺の取材に行ったとき、懐石料理のお店に行ったとき…いたるところで、お茶の文化を感じさせる場や物と出会ってきた。
若くて何も知らなかった私は、取材先で一つひとつ説明をしてもらっていた。
掛け軸、そこに書いてある言葉の意味、飾ってある花の名前。そうした和のしつらいにはじまり、季節ごとの食材、料理の「走り・旬・名残」、器についても。
なるほど。
茶の湯の世界は知るほどに奥が深く、興味深く、そんなに細かなことにまで配慮して成り立っていたのか!と驚くことばかり。
仕事を通じて、京都には今も「お茶の文化」が根付いていることを思い知った。和食のお店やお寺に取材に行くときは、夏でも裸足で行ってはいけない、畳の縁は踏んではいけない。そうやって、ちょっとずつお茶の世界を断片的に知っていったのだった。
そして「お茶について何も知らない」自分を恥じつつも、聞きかじるほどに「お茶の世界は難しすぎる」と感じて、ひたすらお茶の世界から逃げてきた。
興味はあるけど、怖い。ここは、私が踏み込んではいけない世界。
お茶の世界について長らくそう思っていたのが、この本と出会った今、手のひらを返したように、猛烈にお茶を習いたくなっている。
『日日是好日―「お茶」が教えてくれた15のしあわせ―』は、著者・森下典子さんが、ふとしたことから茶道を習うことになり、以来25年間、通い続けたお茶の稽古を通して学んだことを綴っている。
まえがきを読んだだけで、何も知らない素人ですら、すでにお茶の素晴らしさの一端を垣間見た気がした。
世の中には、「すぐわかるもの」と、「すぐにはわからないもの」の二種類がある。
その例として、森下さんはフェリーニ監督の「道」という映画を挙げていた。幼い頃見たときには、さっぱり意味が分からなかったストーリーが、大人になって再び見ると、こんな映画だったのか!と、ボロボロ泣くほどの衝撃を受けたという。
本でも映画でも、こんな風に感じることが私にも時々ある。あの時の私に分からなかったことが、時間と経験を経て、改めて分かるということが。それに気付けたときの何ともいえない嬉しさ。「私も成長できてたのかな」という喜び、小さな感動。
「すぐにはわからないもの」を知るには時間がかかる。成長した自分には、すぐには会えないものだ。だけど、何をしているのか分からないなりにも、何かをしていなければ、成長はできない。
コップがいっぱいになるまでは、何の変化も起こらない。
それはまさに辛抱の時だ。
ただ、やがていっぱいになって、ある日あるとき、水があふれ出した瞬間に分かるのだ。
お茶とはまさに、その感動を何度も体験できる世界なのだという。
すぐには分からない代わりに、小さなコップ、大きなコップ、特大のコップの水があふれ、世界が広がる瞬間の醍醐味を、何度も何度も味わわせてくれる。
本編では、その小さなコップ、大きなコップ、特大のコップの水があふれ出していく様子が丹念に描かれている。読みすすめながら、私はうらやましくてしょうがなかった。その(自分の中の)世紀の発見を、私も味わってみたいと強く思った。
心に刻みたい言葉がたくさんあって、そのつど付せんをはりつけながら読み終えたら、本は付せんだらけになってしまった。
つまらないプライドなど、邪魔なお荷物でしかないのだ。荷物を捨て、からっぽになることだ。からっぽにならなければ、何も入ってこない。
会いたいと思ったら、会わなければいけない。好きな人がいたら、好きだといわなければいけない。花が咲いたら、祝おう。恋をしたら、溺れよう。嬉しかったら、分かち合おう。
〜略〜
一期一会とは、そういうことなんだ……。
茶室が開放されたり、閉じられたりするように、人の心も季節によって変化する。開く、閉じる、また開く……。そのサイクルが「呼吸」のように繰り返される。
世の中は、前向きで明るいことばかりに価値を置く。けれど、そもそも反対のことがなければ、「明るさ」も存在しない。どちらも存在して初めて、奥行きが生まれるのだ。どちらが良く、どちらが悪いというのではなく、それぞれがよい。人間にはその両方が必要なのだ。
これらの言葉は、日本語としてなら私にも意味が分かる。だけど、たぶん腹の底では理解していない。知識として分かったつもりになっているだけだ。コップに少しずつ水を溜めるように、実際にいろいろな経験をした後、著者のように「こういうことだったのか!」と腹に落ちる感覚を味わってみたい。
この本を読み終えた今、私はお茶のことではなく人生について考えている。私もいろいろなことに気付きながら、生きていきたい。だから、だから……お茶を習おう!と短絡的に思ってしまうのも我ながらどうか思うけれど、この本は確実に、私の中の小さなコップを一つ満たしてくれたのだ、と思う。
日日是好日―「お茶」が教えてくれた15のしあわせ― 森下典子/著 新潮文庫
10月13日(土)に公開される映画も、合わせて楽しんでみてはいかがでしょうか。
http://www.nichinichimovie.jp/
これまでの「映画、文学、漫画、音楽に登場するお茶」を紹介した記事